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京都地方裁判所 昭和47年(ワ)86号 判決 1974年5月15日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一三、四三五、〇〇〇円とこれに対する昭和四六年一二月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は京呉服卸を業とする者であり、被告は旅客および貨物の運送を業とする会社である。

2  原告は、昭和四六年一一月二七日午後二時四五分ごろ、鹿児島空港内の被告会社鹿児島営業所においこ、原告を荷受人とし、同空港同日午後四時三五分発大阪行被告会社第四七〇便の航空機に積み込み大阪空港止めとする約定の下に、被告会社に対し大島紬在中の貨物七個(大島紬合計四一七反、購入価格金一三、四三五、〇〇〇円、以下「本件貨物」という。)の運送を委託して引渡した。

3  しかるに、同日午後六時三〇分ころ、原告方従業員が大阪空港内の被告営業所へ本件貨物を受取りに赴いたところ、すでに、同営業所貨物係員大西準次は「勝哉商店の者」と名乗る荷受人とは全く無関係の第三者に本件貨物を引渡してしまつており、原告はその引渡を受けることができなくなつた。被告会社は、その使用人の不注意により本件貨物を滅失させ、原告に対し本件貨物の購入価格相当の損害を与えた。

4  そこで、原告は被告会社に対し、昭和四六年一二月三〇日到達の内容証明郵便で、本件貨物の滅失により原告の蒙つた損害金一三、四三五、〇〇〇円の支払を求めた。

5  よつて、原告は被告に対し、商法五七七条に基づき右損害賠償金一三、四三五、〇〇〇円とこれに対する昭和四六年一二月三一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告が旅客および貨物の運送等を業とする航空会社であることは認め、その余の事実は不知。

2  請求原因2の事実のうち、原告が昭和四六年一一月二七日午後二時四五分ごろ、鹿児島空港内の被告会社営業所において、原告を荷受人として同空港同日午後四時三五分発大阪行第四七〇便の航空機により発送し大阪空港止めとする約定で、紬と表示された貨物七個(貨物の内容が原告主張の如き品物および数量であつたかどうかは暫く措くとして、これをも以下「本件貨物」という。)の運送を被告会社に委託してこれを引渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因3の事実のうち、被告会社大阪空港支店営業部貨物郵便課の大西準次が原告方従業員であると申し出た者に会つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求原因4の事実は認める。

三  抗弁

1  被告会社の担当者大西準次は、荷受人である「勝哉商店」と名乗つて本件貨物の引渡を求めてきた者に対し、貨物の発送地、便名、荷送人氏名、品名、個数等につき申告を求めて運送状記載の内容と照合したところ、右記載内容と申告事項とが全く同一であることが確認されたので、正当荷受人と認め右貨物を引渡した。本件のように、空港止めの貨物でかつ電話等により貨物の到達を通知するまでもなく直ちに荷受人が受取りに来る場合、前記の如き申告事項を知る者は被告会社の事務担当者を除いては荷送人しかなく、しかも荷送人と荷受人が同一であるときは、右申告事項と運送状の記載事項との同一であることを確認することこそ正当荷受人の確認方法として最も適切であるといわなければならない。前記大西準次は右の方法をとつたのであるから、本件貨物の引渡について何らの過失もない。

2  仮に過失があるとしても、被告会社の国内貨物運送約款三三条によれば、貨物の引渡を受けた者が正当荷受人でないことにより生じた損害については、被告会社は故意または重大な過失がない限り責任を負わないのであつて、本件貨物の引渡について被告会社には故意または重大な過失はない。

3  仮にそうでないとしても、原告は、本件貨物の運送を被告会社に委託するに際し、本件貨物の価額の申告をしていないので、前記国内貨物運送約款三六条の定めにより被告会社は金三万円を限度として損害賠償の費を負うに過ぎない。

4  仮にそうでないとしても、本件貨物の引渡を受けるには、荷送人および荷受人がともに原告であること、貨物の内容が紬と表示されていること、原告主張の如き四七〇便で運送されていることなどを熟知したうえ、予め原告名の印鑑を所持していなければならないので本件貨物の詐取ないしは被告会社に対する損害賠償請求は計画的に仕組まれた疑いが濃く、原告を蒙つたとしても原告にも相当程度の過失がある。

四  抗弁に対する認否および原告の主張

1  抗弁1の事実について、運送人が貨物を引渡す際には、貨物運送の便名、発送地、品名、個数等につき運送状の記載内容と貨物の引渡を求める者の申告との一致を確認するだけでは足りず、正当な荷受人であることを証明すべきものの呈示を求めてこれを確認すべき義務があるといわねばならない。しかるに、被告会社の従業員は運送状の記載内容の確認を怠つただけでなく、正当荷受人であることを証明するものの呈示を求めなかつた過失がある。

さらに、原告方従業員らは、昭和四六年一一月二七日午後五時五五分ごろ、被告会社大阪空港営業所へ本件貨物の受取りに出向いたところ、被告会社係員から本件貨物が未だ到着していないといわれたので待機していた。しかるに、右係員は、同日午後六時から勤務につくべき係員と交代する際、その旨の連絡をしなかつたため、交代した係員は荷受人以外の者に本件貨物を引渡してしまつたのであつて、右交代する係員において右連絡を怠つた点にも過失がある。

2  抗弁2の事実について、原告は、被告会社の主張する国内貨物運送約款の存在を知らず、右約款の法的拘束力は本件貨物の運送契約には及ばない。

仮に右約款が本件契約を拘束するとしても、同約款三三条の免責規定は公序良俗に反し無効である。すなわち、普通取引約款は契約定型化による契約の合理化に資する反面、企業者が自己の経済的優位を利用し、その企業利益の維持を図る企図をもつて一方的に制定し、他方、企業の利用者は約款を利用するか否かの自由しかなく、利用者側の契約締結ならびに内容決定の自由は実質上奪われているものであるから、右約款を具体的契約に適用した結果が企業者の利益に資する反面、その利用者に著しい不利益を課し正義公平に反する場合には、かかる約款は公序良俗に違反し無効である。ところで、本件貨物の滅失が被告の責に帰すべき事由によるものであることが明らかであるのに、重大な過失がないことを理由に免責させることは、一方的に運送人の利益を保護し運送委託者に著しい不利益を強いる結果となるものであるから、右条項は無効である。

仮に右免責条項が有効であるとしても、前記1記載のとおり被告会社係員に重大な過失があつたことは明らかである。

3  抗弁3の事実について、原告が被告会社に本件貨物の運送を委託する際、価額の申告をしていなかつたとしても、品名、数量、重量は運送状に記載されて被告会社の係員もこれを承知していたから、本件の如き滅失事故の損害額については当然予知していたものというべきであり、このような場合にまでも被告会社が免責されるものとすることは公序良俗に反し、右約款三六条は無効といわなければならない。

4  抗弁4の事実は争う。

第三  証拠<略>

理由

一被告が航空機による旅客および貨物の運送等を業とする会社であること、原告が昭和四六年一一月二七日午後二時四五分ごろ、鹿児島空港内の被告会社営業所において、原告を荷受人とし、同空港同日午後四時三五分発被告会社大阪行第四七〇便の航空機に積み込み大阪空港止めとする約定で、本件貨物の運送を被告会社に委託して引渡したことは当事者間に争いがない。

二証人山本精一、同大西準次の各証言によると、

1  「勝哉商店の者」と名乗る者が、昭和四六年一一月一七日午後六時五分ごろ、被告会社大阪空港支店カウンターに現われ、同支店営業部貨物郵便課の大西準次に対し、被告会社の四七〇便による鹿児島からの荷物が着いているかどうかを確め、本件貨物の引渡を求めたこと

2  その際、大西準次は、右貨物が未だ着いていないと答えたこと

3  同日午後六時一五分ごろ、本件貨物が上屋に着いたので大西準次は、さきに貨物の引渡を求めてきた者を呼び、本件貨物の品名を尋ねたところ、紬であるという答えであつたこと

4  大西準次は、本件貨物の発送地、便名、品名および荷受人の氏名等につき、貨物の引渡を求めてきた者の申告事項と運送状の記載内容とが一致していたので、運送状裏面の受領証欄に荷受人としての署名押印を求めたところ、その者は「勝哉商店音峰勝」と署名し音峰の印を押捺したこと

5  そこで、大西準次は、右貨物の引渡を求めてきた者を正当な荷受人と認め、着払い運賃の支払を受けたのち、同人を本件貨物が保管されている上屋へ案内し本件貨物を引渡したこと

6  なお、航空貨物運送においては、航空運送の迅速なるところから貨物引換証は発行されていないこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三ところで、本件貨物のように荷送人と荷受人とが同一であり、かつ空港止めとして運送人からの通知を待つことなく航空機の到着次第直ちにこれを受取るような場合には、荷受人の氏名、貨物の発送地、品名等を正確に知る者は荷送人即荷受人以外にないのが通常であるから、運送人としては貨物の引渡を求める者に対し、これらの事項につき申告を求め、右申告事項と運送人の所持する運送状の記載内容とを照合してそれが同一であれば、その者を正当な荷受人として取扱うことは、正当荷受人の確認方法として適切な手段であるといわねばならない。そして、被告会社の使用人大西準次は、右の方法により申告事項と運送状の記載内容とが同一であることを確認したうえ、本件貨物を引渡したのであるから何ら過失はない。

四原告は、運送人が貨物を引渡す際には、荷受人の氏名、貸物の発送地、便名、品名等の事項につき貨物の引渡を求める者の申告と運送状の記載内容との一致を確認するだけでは足りず、正当な荷受人であることを証明すべきものの呈示を求めてこれを確認すべき義務があるものと主張する。しかし、前記認定の如き事情の下においては、貨物の引渡を求める者が申告した事項と運送人の所持する運送状の記載内容との同一なることを確めることが正当荷受人の確認方法として適切な方法であるから、その間に不一致が認められるなど正当な荷受人であることを疑わしめるような不審な点が窺われる場合に、運送人は貨物の引渡を求める者に対し、正当な荷受人であることを証明すべきものの呈示を求めれば足りるのであつて、常にこのようなものの呈示を求めて正当な荷受人であることを確認しなければならない義務を負うものではない。しかして、大西準次に対し本件貨物の引渡を求めた者について、本件貨物を引渡すに際し、正当な荷受人であることを疑わしめるような事情が存したことを認めるに足る証拠はないから、右大西がこの者に対し正当な荷受人であることを証明すべきものの呈示を求めなかつたからといつて過失があつたとはいえない。

五さらに、原告は、原告方従業員らがさきに本件貨物を引取りに待機していたのであるから、被告会社大阪空港支店係員において、その旨を交代の係員大西準次らに申し送つて引継がなかつた点に過失があると主張する。そして、証人柴田武造は、この点につき原告の弟音峯進および柴田武造の両名が当日午後五時五五分ごろ、被告会社大阪空港支店へ本件貨物の受取りに赴いたところ、被告会社係員から飛行機が延着しているので三〇分ほど待つようにといわれた旨供述するが、右証旨は証人山本精一、同大西準次、同鈴木真、同阪倉英郎の各証言に照らし、たやすく措言することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

六結局、被告会社の使用人大西準次には本件貨物の引渡につき過失が認められず被告会社に責任はない。よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (西川賢二)

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